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30年後の会社マネジメント

2019年10月01日

昔、中曽根康弘という総理大臣がいました。私が大学受験で浪人していたときに、通っていた駿台予備校を視察に来られた人です。現在100歳を超えてもまだお元気で、「中曽根平和研究所」というシンクタンクを主催されているご様子。そこで私の知り合いが研究員をやっている関係で、先日なんと所内の勉強会で私に話をして欲しいという依頼が舞い込みました。

 先月ご紹介した大阪のHISCO(ハイテクノロジー・ソフトウェア開発協働組合)の講演もそうですが、“今後の技術進歩を見越した未来像を語って欲しい”という依頼が最近続いていて、正直少々戸惑っています。もう何年もIT企業の社長なるものをやっていますが、実は私はこちら方面についてはかなり疎く、おそらくキーボードのタッチタイピングもできないままに一生を終えそうです。

 ということで、やるとなれば少し事前に考えなければなりません。今月も私の試行錯誤にお付き合いください。

今回主催者側からいただいた課題は、「今後の世の中の進展を見越した30年後の会社マネジメントのありかた」です。30年後と言えば、確かに技術は進歩しているのでしょう。どれくらい進歩しているのかはわかりませんが、30年前の状況を考えると、今と比べて30年後は想像もつかないくらい進歩しているはずです。まず作業的なことはロボットやAIがやるので人間がやる必要はなくなる。これはまず堅いところでしょう。更に判断力や創造性を求められる分野にこれらの技術がどこまで食い込んでくるかですが、これもディープラーニングやら何やらで相当深くまで入り込んでくるだろうと予想されます。

いや、その前に今周囲を見回してみた時に、判断力や創造性を発揮して仕事をしているなどという人間が一体どれくらいいるのでしょうか?そもそも今現在、組織(特に大きな組織)というものは、既にそんなものをあまり必要としないシステムの中で動いている側面が強いのであり、実は仕事の本質とは、時代が進むほどに複雑化しているのではなく、単純な作業の積み重ねの方に向かっているとも言えるわけです。

 その作業の担い手が機械に置き換えられれば、やはり人間は大筋において仕事をする必要がなくなると考えるのが自然なのではないでしょうか。では、30年後には人間は働かずに毎日遊んで暮らしているのかと言えば、今定年後のサラリーマンにとってそれがいかに難題であるかを見れば、そうならないことは明らかでしょう。

おそらく30年後の人間は、本来やらなくてもいい仕事を作り出すことに躍起になっているのではないでしょうか。そうするとその時のマネジメントの主題というのは、不要な仕事をやることにいかにモチベーションを上げさせていくかということになります。そしてそこには2つの流れができるのではないかと思うのです。


 1つは、人間の仕事がもはや不要であるという事実から目をそむけ、殊更に架空の必要性を説き、宗教的にそれを社員に信じさせて意識統一を図る方法。もう1つは、仕事の本質を社会に付加価値をもたらすことから人間が楽しむことへと変容させてとらえ、仕事のやりがいの適正化を図ることによって社員をリードするというもの。

私は最初の方法には興味がありませんので、2つ目の方に少々コメントさせていただきます。まず組織的な結合は今より緩くなり、個々の個性や志向が大幅に尊重されるようになると思います。もともと社会に付加価値を与えるという意味では不要なことをやっているわけですから、成果を出す必要はまったくありません。まあ学校のクラブ活動みたいなものです。一番大事なことは、社員それぞれが仕事を本当に楽しむということです。組織のルールなどは最低限でいいし、多くの事は個々人の良心に任せておけばよい。最近の働き方改革などで言っている労働時間の短縮みたいなことはまったくのナンセンス。働きたければいつまでも働いていればよいし、休みたければ休めばよい。そういう状態になるのではないでしょうか。

そんな中では、マネジメントは社員に働く喜びを与え続けていかなければならないわけですが、もはや人間は社会的動物であり社交したがるという欲求にその基軸を置かざるを得なくなる。つまり、ミーティングでもメールのやり取りでも、とにかく社交の場として適度の刺激と学び、そして共感に満ちた場に作り上げていかなければいけない。これがマネジメントの最大ミッションとなるでしょう。なお、これも働き改革に逆行しますが、社交のためには集まることが大事であり、テレワークみたいなものはあまり進まないと思います。

 ちなみにその時には、技術革新で生産コストが極限まで下がって極度のデフレとなる中、貨幣の多寡を豊かさの基準とする価値観自体が大きく揺らいでいるので、報酬は限りなく平準化され、もはや動機づけの道具としては機能しなくなっているのではないかと思います。

以上、30年後の大胆な予測みたいなものを勝手に展開しましたが、実は必要のない仕事を作りみんなで盛り上がるという傾向は、もう何年も前から始まっています。例えば、ここ20年くらい法規制や会計の世界で次から次へと新しいルールや基準が作られています。法的には、プライバシー保護、反社会的勢力排除、会計基準で言えば、減損会計や繰延税金資産、はたまた年金積立の数理差異。どれももっともらしい必要性が語られて登場しますが、正直不要なわけです。ただこういうものが登場するたびに、社内の担当部門は専門家と言われる人たちとその研究に嬉々として取り組んでいる。またその外延には認証とか資格みたいなものが形作られ、コンサルタントや試験業など新たな仲間が登場する。仕事を楽しむ傾向は既にとっくの昔に始まっています。そして、今の楽しみ方が正しいのかどうかはわかりません。ただ確実に言えることは、この20年で人間の業務能力は確実に落ちているということです。法務で言えば最近ではまともな契約書にはついぞお目にかかれなくなったし、経理や会計でも基本的なことをまったく知らずに専門家を名乗っている人が増加している。これから30年の最大の経営論点、それは「いい加減な仕事は楽しいのか」ということなのかもしれません。

 

代表取締役 CEO  奥野 政樹

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