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懲りないバカ

2021年03月01日


今年もやってまいりました。誰からもまったく相手にされていないのに、1年で最も緊張するイベント、「大人のピアノ発表会」。世の中コロナだ、緊急事態だと言っているのだから中止にならないものかと少し期待もしましたが、一向にそういう動きはありません。結局、甘い期待は練習開始のタイミングを遅らせ、ただ自分の首を絞めただけというありがちな結果となりました。しかも、そういう時に限って実力不相応の難しめの曲を選んでしまうもの。とても仕上がったとは言えない状態で本番を迎えることとなりました。

今年の演目はいきものがかりの「Yell」。確か10年ほど前に、リーダーの水野良樹が高校生の合唱コンクールのために書き下ろした曲です。たまたま聴いたラジオにいきものがかりが出演していて、タレントの内村光良がテレビでこの曲をピアノで弾いてくれた時に手が震えていたと語るのを聞いて私も弾いてみたくなりました。実は最初は別の曲を予定していたのですが、どうしても間奏の部分が弾けるようにならず、そちらは諦めての妥協でもあったのです。ところが「Yell」も思った以上に難しい。まず、合唱コンクール用だから曲が長い。そして色々なボーカルパートが活躍できるようにという理由だと思いますが、音域が広い。鍵盤をたくさん使います。仕上がりが遅くて、例年にも増して不安が募ります。

そうこうするうちに、あっという間に本番の日を迎えました。私の出番は9番目です。ところが当日になって、何やらオーダー変更があって間に一人入り、更に私の直前に換気の時間を取ってそこでどこかの教室の先生の模範演奏が入るとのこと。ただでさえ待っている時間は身が縮みそうなくらい緊張するのに、こういう不確定要因の発生は正直あまり嬉しいものではありません。

しかも最初の3人がずいぶんと上手い。通常だと最初の方は初心者がたどたどしく演奏するものなのですが、今回は最初からバリバリの人たちばかりです。大体にしてエチュードだのソナタだのノクターンだの、曲名だけで「いきものがかり」の私に圧をかけてきます。

とそこで、「A列車で行こう」が登場しました。これは少し圧が弱い。しかも演奏者は私と同じようなオジサン。いけないのかもしれませんが、「失敗しないかなあ」という悪魔の気持ちがこみ上げてきます。そして結果は、見事と言っては何ですが、たぶん失敗。更に今度は別のオジサンが「ジュピター」を失敗しました。
なぜ失敗と言い切れるのかと皆さんは仰るかもしれませんが、私にはわかります。両名とも練習ではあの何倍も上手く弾けており、自分に対するある種の期待とともに舞台に上がっているに違いないのです。しかしあの何百万円もするという本番のピアノには魔物が取り付いていて、少しでも不安があれば鍵盤が歪んで見え、脳が指先に信号を伝えるスピードにはネット障害級のCH遅延が生じます。演奏が終わった今、両名が考えていることが私には手に取るようにわかります。「こんな筈じゃなかった。もう2度と出るもんか…」

本当に申し訳ないのですが、同胞2人の失敗のおかげで私はだいぶ気持ちが落ち着きました。そして改めて気が付いたのです、今年は、各出演者の演奏前に司会者が何やら読み上げています。「いい曲ですから、上手くいくかわかりませんが心をこめて弾きたいと思います。」とか、「コロナで暗い生活の中、この曲が私を慰めてくれました。」とか大体そういうお話です。そう言えば何ヶ月か前に、私も先生に言われて今回の演奏曲について何か書いたのは思い出しましたが、何を書いたのかは覚えていません。ただ会社のマーケティングに臨む時と同じ気持ちで、聞く人の印象に残るようにということは考えて書いたのは確かです。でも何て書いたんだったかなあ。まったく記憶にありません。

さて、模範演奏の上手すぎて圧を通り越している「ムーンリバー」が終わり、いよいよ私の番になりました。司会の人が私のコメントをさっと見て、何やら笑いをこらえている様子。「娘とピアノを習い始めて十数年、毎年大恥をかく修行としてここに出続けています。最初は尊敬する永ちゃんで撃沈…」同胞の方たちが顔を上げたような気がしました。「今年は、新しい曲をやろうと髭男の『プリテンダー』にチャレンジしましたが、弾けるようにならなかったので…」ここで女子高生たちの「くすっ」という笑いが確かに聞こえ、私も笑ってしまいました。「…いきものがかりで勝負します。」

去年からコロナの影響で参加者が減っていて、高校生も大人のための発表会に出ています。そのあたりも見越して考えたイントロダクションだったのを思い出しました。そして見事に狙いは当たり。こういうPRのためのワード作りなら我ながら才能あるんだけどなあと思いつつ、鍵盤を見るとやっぱりそこには悪魔が取り付いているようで、私の手をはねのけようとします。結果は、まあ、やはり失敗でした。

でも、私はこの挑戦をやめません。帰り際に私の先生が近寄ってきて、ピアノの出来には一切触れずに、「あの紹介文、面白かったですねえ。一番良かったです。これからもまた頑張っていきましょう!」とよくわからないお褒めの言葉をいただきました。それに対し、私はある言葉をグッと飲み込んで「はい。」とだけ答えておきました。私が飲み込んだ言葉、それは、「先生、来年は私のオリジナル曲だよ。」です。いつまでも、懲りないバカでいたい。

 

代表取締役 CEO 奥野 政樹

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