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絡まる楽譜

2014年03月04日

ソチオリンピック女子フィギュアスケート6位の浅田真央選手が日本に大変な「感動」を巻き起こしています。これを見るにつけ、人、とりわけ日本人の心を揺さぶるのが「結果」ではないことがわかります。では人は、人が真摯に頑張る姿に心を揺さぶられるのかと言えば、それも実は多分違います。もし浅田選手が、ショートプログラムで1位だったのにフリーで失敗して6位になっていたとしたら、人々はどういう反応を示していたでしょうか。浅田選手が頑張ったという事実には何の変わりもないのですが、おそらく白けていたでしょう。人が感動するには、あるストーリー性が必要なのです。それはまず大変な失敗をし、精神的に追い込まれた後に不死鳥のように蘇る、このメリとハリです。


さて、年に一度の恒例となりました「大人のピアノ発表会」が昨日終了いたしました。例年トラブル続きですが、なぜかこのニュースレターの人気シリーズ化してしまっており、色々な方から「よく頑張りますね。」と励ましのお言葉をいただきます。いつまでもメリばかりやっていないで、そろそろハリで感動させて欲しいなどと皆さん思っていらっしゃるのではないかと思ったりもするのですが、真央ちゃんと違って、私がピアノに賭けるものは何もないわけでありまして、やっぱり皆さん、ハリで感動よりもメリで笑えることを期待しているというのが本当のところでしょう。
 まあこちらも、一応このニュースレターは会社のPRとしてやっておりまして、その意味では本気で読者の皆様のご期待にお応えしなければいけません。ということは、私はピアノ発表会で何か特殊なことをやって、ニュースレターを盛り上げるネタを探さなければならないわけですが、一方で私のようなピアノ‘アマチュア30級’みたいのが発表会に出演すること自体、相当な負荷のかかる話であり、そこで意識してネタを探すといっても、かなり無理があるところではあります。


そんなことで時は過ぎゆき、瞬く間に発表会の日はやってまいりました。今年の演目はJUJUの持ち歌で「Sign(サイン)」。相変わらず先生は、発表会の前日になると私の仕上がり度合いにどこか不満気で、決して「明日は自信をもって思い切っていきましょう。」などという月並みなアドバイスはありません。代わりに2箇所間違いを指摘され、「明日までに、完全には直らないかもしれませんが、直せる限り直してください。」とのこと。でもそんなことはこちらももう慣れたもので、少々慌てましたが、直しました。
 ただ、ちょっと気になったのは楽譜です。これまで私のピアノというのは、新しい曲を覚える最初のうちは楽譜を見ますが、慣れてくると楽譜は一切使わないというスタイルでした。これは、暗譜というよりは指の動きを身体に記憶させるということです。しかしこれだと、発表会のような異常環境下では、感覚が麻痺して立ち往生してしまうということがままありました。そこで、今回は楽譜も併用するという新しいスタイルにチャレンジしたのです。
 私は眼が悪いので、まず楽譜3枚をA3用紙に拡大コピー。しかしこれが、ピアノの上にのせるとピラピラしてしまい、弾いている最中にパラパラと床に落ちてしまうということがレッスン中に時々発生しました。先生は、これが本番中に起きたら大変!と気になって仕方がないようで、しっかりと3枚を貼りつけるようにとさかんに言っていましたが、そうすると、大きくなってしまって持ち運びにすこぶる適さなくなるため、言を左右にして、発表会前日までそのままにしておきました。それでも、前日の夜にセロテープでがっちりと3枚貼り合わせ、当日は、鞄に入らないのでそれを何重かに折りたたんで会場へと向かいました。どこかにしっくりとしないものを感じましたが、それが何なのかはよくわかりませんでした。


他の出演者の演奏を聴きながら、自分の出番を待つ長い一時間が始まりました。例年のように、手は冷たくなり、頭の中に自分が演奏する手の動きがどうにも浮かんでこなくなります。でも今年はいつもと違います。そう、楽譜を持っているのです!そのような緊張の中でも、やけに妙なことが気になります。「ネタがない。」明日ニュースレターに何を書いたらいいんだろう。読者の皆様は待っているのに。
 「22番、奥野政樹さん、曲は、えー、シン。」曲名を間違えられるのは例年のことで、これももう使えないネタです。よく「シグン」って読まなかったなとむしろ感心しました。壇上に上がり、さてと、お守りの楽譜を。あれ、開かない。多重折になった3連続の紙は、どこかが良い具合に袋とじ状態になっており、いくら開こうとしても一向に横に広がりません。シーンと静まりかえる会場でスポットライトを浴びながら、起立状態で折り紙です。我ながら、「これ、面白い絵になっているんだろな」とどこか他人事で、「でも、ネタできた♪」という安心感がなぜかこみ上げてきます。いっそ思い切り引っ張ってビリビリっと破いちゃおうかと思っていた矢先、見かねた先生が駆けつけてきました。「楽譜が絡まっちゃいまして。」「えっ、ちょっと貸してください。」やや苦労をされていましたが、さすがに先生、見事に楽譜を開いてくれました。ホッとした笑顔を浮かべながら、「はい、落ち着いて。」へー、こういうときには優しんだなと、妙に感心してしまいました。


201403
やっと開いた楽譜をピアノにのせると、いつもより楽譜台が高いみたいで、結局見えませんでした。でも、不思議と手は震えていませんし、鍵盤もよく見えます。けれども、赤木シゲルのいうところの「心の奥の深いところが震えているのでしょう。」何箇所か、どうしてここでというところで詰まってしまいましたが、まあ、28人中16位は無理にしても、最下位でもなかったような気がします。
 先生は、「よかったですよ。でも楽譜はちゃんと開ける準備をしておきましょうね。」とのことでしたが、私は心の中で、「先生、これも神が私にくれたネタなんですよ。私はピアノは16位以下かもしれないけど、仕事はプロですから。」と答えていたのです。


代表執行役CEO  奥野 政樹

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