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他人のスキャンダルに怒る人々

2016年06月01日

先日、今年に入ってスクープ報道を連発している週刊誌(“WSS”)の編集長の講演を聞く機会がありました。私としては他人のプライバシーをネタに大衆を扇動するマスコミの姿勢には決して賛同する人間ではないつもりでいます。ただ、そういう浮いた話にはまったく無関心な生活を日々送っているかというと決してそうでもなく、残念なことに我ながら各スキャンダルの内容を結構知っているし、各々に対して自らの見解らしきものも持っていて、家庭や職場で語ってしまったりもしています。芸能人の色恋沙汰や経歴詐称の報道などについては、そんなことどうでもいいのにと思うことが殆どですが、政治における不正や著名人の薬物使用の話については、確かに誰かが事実関係を公にする役割を果たしてしかるべきであるという思いもあります。そういう意味で、WSSのような機動力のある大衆週刊誌の果たす役割も少なからずあるというのは認めざるを得ないところであります。
 また、編集長の話を聞いていて少々意外だったのは、今時のマスコミで真面目にスクープなどを狙って、いわゆる夜撃朝駆、張込み、尾行、突撃などをやっているのはWSSくらいのもので、他誌はもっと要領よく立ち回っているとのこと。取材コストや名誉棄損による訴訟リスクを考えると、スクープ狙いというのは決して効率の良いやり方とは言えず、どこもやらなくなっているのだそうです。そうなるとWSSのようなメディアの存在意義というのは思った以上にあるのではないかと考えを新たにしました。

講演後に編集長と少しお話しさせてもらいました。実はWSSの姿勢は昔から一貫しており変わっていない。それなのに、最近とみにこのようなスキャンダル報道が角が立って見えるのは、むしろ発信する側ではなく、それを受ける側の受け止め方が変わってきたということではないかと思いました。最近の世の中は、このようなスキャンダルについてやたらと怒っています。赦せないことだというわけです。そして誰に対してかわからない「謝罪」の有無が取り沙汰される。昔からスキャンダル報道というものはありました。それも、今のように謝罪とその手順というような事務的なことにハイライトがあたるせせこましいものではなく、もっと、一般人には手の届かない壮大なものが多かった。

この原稿を書いている本日、日本一の経済紙で長く続いている看板コーナー、著名人の「履歴書」という月間連載において、昭和の将棋大名人が自らの過去のスキャンダルについてキチンと記述していました。有名女流棋士との不倫関係がもつれ、今で言うところのセクハラ電話の録音テープを公開された際に、堂々と自宅の庭で記者会見を行ったことが当時評判になりました。あれは実は、集まった多くのメディア向けに4回も繰り返して行ったこと、自宅の庭で行った理由は、私的なことで将棋会館は使いたくなかったからという公私の分別だったことを今朝新たに知り、さすが大名人は神経が太いと感心しました。ロッキード事件でも、ピーナッツ一粒は数億円だったはずです。名画のレプリカ数万円余りとは桁が違います。
 しかし世の中は、こういったスキャンダルにあまり怒りを感じていなかった。理由は一言、他人事だからです。こうしたスキャンダルの対象者は特殊な世界に生きる人達であり、庶民には想像もつかない凄いことするなあと一種面白くは思っても、こういう別世界の人達がやることに対して怒りというものは湧いてこなかったわけです。
 それが今は、多くの人が著名人のスキャンダルに対して怒っています。そして謝罪を要求する。その怒りの裏にあるのは決して悪を憎む正義感であるとは思えません。自分達も本当はやりたいのにできないことをやってしまっている人間へのやっかみ、あるいは、自分も似たようなことをしているのを、あまりにもわかりやすく表現してしまう人間の存在に自己を投影することにより生ずる不安、そういう倒錯した心理が存在しているように私には思えます。

今は、価値観が多様化している時代だとよく言われます。けれども実際には、特殊な存在というものを認めたがらない時代、みんなが同じであることを強く求める時代になっている。むしろこっちの方が本質なのではないかと私には見えます。背景には、技術の進化による人間性の危機があるのではないでしょうか。つまり特殊な存在など認めたら、そうした存在は自分達の知らない技術や手段を駆使してどこまで行ってしまうかわからない。そして、それはやがて自分達普通の存在には対処不可能な状況を作り出してしまうであろう。こうした漠然とした不安が、本来特殊なものを何としても普通に扱おうとする心情を生み、その仮説の成立を脅かす事象を作り出す人間に対して怒る。これが、今のスキャンダル報道の源泉になっているのではないでしょうか。

WSSの編集長が最後に、非常に含蓄のあることをおっしゃっていました。あの女性タレントさんについて、「こんなスキャンダルで芸能生命が終わっちゃうということにだけはなって欲しくないと、私達は心から思っているんですよ。あれは、最初にただの友達だって嘘をついたことだけが問題だったんですから」。日頃は無礼な営業電話には私も「ちょっと離席中って言っておいて」と取り次いでくれた社員にお願いしてしまいますが、今後は大きな問題とならないよう、より真摯に対応すべきかと改めて考えさせられた次第です。

代表取締役CEO  奥野 政樹

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