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最後のリフを2セット

2018年03月01日

今年も“大人のピアノ発表会”に出演してきました。つくづく、毎年凝りもせずに出演しているのは生徒さん達の中で私くらいではないかと思います。私としては特別出たいわけではないのですが、先生には出るのがデフォルトという風に対応されてしまうので断れないというのが本音。掛け値なしに、1年で一番緊張する日となります。これに対抗できるとすると人間ドックの胃カメラくらいですが、こちらは自分の力でどうこうなるものでもなく完全な受け身。それに対してピアノを弾くのは他ならぬ私自身ですから始末が悪い。

 なんでこんなに緊張するのかなあと毎年思います。そして来る年も来る年も、そのプレッシャーに負けて本番はボロボロ。考えれば考えるほど、これって馬鹿馬鹿しいわけです。おまけに出演料に結構なお金もこちらが払っています。それだけでももっと図々しくてしかるべき。失敗しようが成功しようが、何も世の中変わりません。だいたい発表会なんてものは、誰も他人の演奏なんて聞いていません。

理屈ではそんなことは百も承知。だからこの理屈を何度も自分の胸の中で呪文のように唱える。そうすると緊張が和らぐどころかどんどん緊張感は高まり、頭はボーッとして失敗する場面だけが浮かんでくるし、身体が重い。手は汗ばんで動かない。他人の演奏を聴きながら自分の出番を待っている時間は、まさに地獄以外の何物でもありません。

 本業においても緊張する場面というのはいくつもあるのです。失敗が許されない株主やお客様との重要な会議もある。また、最近は商工会議所や大学など各所でプレゼンをする機会を頂くことも多く、中には英語でやらなければいけないこともあります。つい最近も米国まで乗り込んで行き、アウェーの状況で100人ほどを相手にプレゼンを行いました。

 そういうときも緊張はします。しかし、それで失敗するということはまずありません。練習ではボロボロでも本番になれば不思議と口も頭も回ります。また、聴衆や他の会議参加者の様子も実によく見えます。楽しんでくれているのか退屈しているのか、その状況に合わせて話す内容をコントロールすることすら自然にできたりもします。

 この不合理は何なのか。自分の番を待つ象が頭の上に乗っているような重圧の中、またその堂々巡りを繰り返していました。とっとと弾いてしまって、早く楽になりたい。とその時、ふと違う考えが浮かびました。もしかすると、結果はどうでもいいなんて思っているからいけないんじゃないかということです。そういう敗北主義、後ろ向きな姿勢がこの重圧の原因なのではないか。

今年の私の演目はSachimosの『Stay Tune』です。これまでの日本にはちょっとない感じの名曲。CMでも流れていたのでご存じの方も多いのではないでしょうか。ファンキーなギターリフが全編を貫いていてかっこいい。若い世代に圧倒的な人気があり、私の息子もバンドでやっていました。
 他の人の演奏は、今年はレベルが高く確かに上手い。でも曲目がベートーベンとかモーツァルトとかちょっと古い。いい曲なのだけどどこか新しさがない。それに比べ私の演目は、やはり最新のクールさがあり光る。つまり、演奏の腕は別として曲は明らかに出演者24人の中で私が一番いいわけです。これは敗北主義に打ちひしがれている場合ではなく、聴いてもらうために闘わなければいけないのではないか。そういう思いが湧いてきました。すると不思議なことに、緊張してはいるものの頭はクリアになり身体の重さが無くなります。さっきまでいた象さんはどこかへ行ってしまいました。

実は今回、私は秘策をひとつ用意していました。この曲のエンディングでは、原曲は例のリフに更にアクセントを1小節加えたものを4セット繰り返します。アクセント部分は八分音符が8つ入るのでかなり速いわけですが、セット間のつなぎは終わりのラを休符にして次のセットに入ります。これを、今回先生と練習してきた楽譜では1セットしかやらないことになっていた。1セットしかやらないので、ここでペースを一気に落として余韻を持って終わらせるということでずっと練習してきたのです。

 しかし本番2週間くらい前に原曲を聴いてみると、実はこれ4セットあるわけです。しかもスピードは落とさず、最後は伸ばさずにパチっと終わる。やっぱりこっちの方がかっこいい。でも先生にそんなことも言えないし、こっそり練習して本番間違えたふりしてやっちゃおうか、などという不埒な考えもうっすらと持っていました。

さて本番。やはり心の持ちようを変えたのがよかったのか、例年になく落ち着いている気がします。ただ、なんとなく鍵盤の配置がいつもと違う気がします。左手で弾く低い音の鍵盤がいつもより遠く感じるのです。でもまあいいや、と思い弾き始めました。途中で気が付いたのですが、つまるところ椅子の位置が中央より右に寄っていたのでした。それでもあまり音も外さず、冷静に弾けています。

 曲が進みエンディングが迫ってきます。どうしようかな。そういうことを考える余裕もありました。身体がごく自然に動きました。エンディングのリフでスピードを落とす気はまったくしません。一気に7つの音を弾いて、一拍いれて2セット目へ突入。すごくうまくいきました。でも、まあ、これくらいで今日はよしとしようということで、2セットで完結。4セットやる勇気はさすがにありませんでした。

 先生怒るかなあ、と少々ドキドキしていたところ、「最後、1回足しましたね。」と少し呆れたように笑っていました。「今まで一番良かった」そうです。改めて学びました。責める気持ちこそが道を開くということを。

 

代表取締役 CEO  奥野 政樹

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